引きこもり生活に少しバテてます
駐在生活というと、海外旅行やおしゃれなレストラン、異文化体験など楽しそうなイメージを持たれることもあります。
実際に私もバンコクやシンガポールに行ったり、時々そういった記事を書いていますが、普段の生活はというと、月に1回あるかないかの連休以外は基本的に外出を控える毎日でした。
「お手伝いさんがいるなら時間があるのでは?」
「海外なのだから出かける場所もたくさんあるのでは?」
と思われるかもしれませんが、当時のダッカは小さな子どもを連れて自由に外出できる環境ではなく、1日のほとんどを家の中で過ごしていました。
バングラデシュに来て半年ほど経った2019年頃。1歳の娘を育てながら、実際にどんな毎日を送っていたのか、当時のスケジュールを振り返ってみたいと思います。
当時の1日のスケジュール
当時の平日は、だいたいこんな感じで過ごしていました。
7:00〜10:30 朝の時間
7時に起床して朝食の準備。
7時半に夫を送り出した後、娘の朝ごはんです。
週に3回はベアラーさん(お手伝いさん)が来てくれていたので、その日は掃除や洗濯をお願いしながら過ごしていました。
娘と遊びつつ、行き詰まるとYouTubeでヨガをしたり気分転換。
9時半頃に娘が朝寝をするので、その間が貴重な自由時間でした。
- 離乳食の作り置き
- 晩ごはんの献立を考える
- ブログを書く
- ベアラーさんへの指示や確認
などをまとめて済ませます。
10:30〜14:00 昼食まで
ベアラーさんが帰ると、再び娘との時間。
ひたすら遊ぶのですが、1歳児との遊びは意外とネタ切れも早いものです。
スマホを見ながら相手をしたり、YouTubeで筋トレ動画を流したり、料理番組を見ながら
「綺麗な野菜だなあ……」
と日本の食材を懐かしんだりしていました。
11時45分頃から娘の昼食準備を始め、12時にお昼ごはん。
食べ終わると機嫌が悪くなることも多く、なだめながら過ごします。
そして13時。日本時間16時から配信されるEテレをダッカのテレビで見ます。
「いないいないばあっ!」から「おかあさんといっしょ」までの時間は、私にとっても大切な休憩時間。
その間に自分の昼食を食べ、片付けを済ませていました。
14:00〜18:30 午後の時間
14時頃に昼寝の寝かしつけ。
娘が寝ている間の40分ほどが再び自由時間です。
ブログを書いたり、離乳食を作ったり。
15時過ぎに娘が起きると、また一緒に遊びます。
途中で行き詰まると、
- YouTubeでヨガ
- スマホを見る
- 「旅チャンネル」を眺めながら外の世界に思いを馳せる
そんな過ごし方をしていました。
17時になると娘をおんぶしながら夕食作り。
18時に娘の夕食、その後お風呂、ミルク、寝かしつけへと続きます。
20:30〜就寝
娘が寝た後は、ようやく夫と夕食。
片付けを終えると自由時間のはずなのですが、不思議なことに22時を過ぎると急激に眠くなり、生産性はほぼゼロでした。
ブログを書こうと思っていたのに、気づけばぼんやりネットを見て終わることもよくありました。
掃除や洗濯はお願いできていたので、家事そのものは日本にいた頃より少なかったと思います。
それでも振り返ると、1日の大半は娘と一緒。
子どもとの時間はかけがえのないものでしたが、当時は「明日も明後日も同じような1日が続くんだな」と感じていたことを覚えています。
子どもは可愛くて仕方ない。でも少し息切れしていた
今振り返ると、娘と過ごす時間は本当に貴重でした。
1日の大半を一緒に過ごせることは贅沢なことですし、成長を間近で見られる幸せもたくさんありました。
ただ当時は、
「これから夕食準備まであと2時間も何をしよう」
「公園にも児童館にも行けない」
「土曜日から木曜日まで、同じように家で過ごす」(バングラデシュは金曜日だけがおやすみ)
そんな毎日の繰り返しに、少しずつ疲れを感じていたのも事実です。
娘が嫌だったわけではありません。
むしろ可愛くて仕方がない。
でも、大人と話す機会も少なく、気軽な気分転換も難しい環境の中で、終わりの見えない育児に少し息切れしていたのだと思います。
少しずつ環境を変えてみることに
当時の私は、「何もしなければ状況は変わらない」とも感じていました。
もちろん行動するのは面倒だし勇気もいるのですが、少しずつでも新しいことを始めれば、生活も変わっていくのではないかと思ったのです。
そんな時、いつもアクティブに活動されている駐在妻の方から、習い事や集まりについて教えていただきました。
問題は子ども連れでは参加しにくいこと。
それでも週に1回でも自分の時間が持てたら、毎日の楽しみになるかもしれない。
そう考え、娘を見てくれる人を探すことにしました。
ありがたいことに知人の紹介でお願いできる方が見つかり、引き継ぎやコミュニケーション、娘との相性など試行錯誤しながらも、新しい環境づくりを始めることができました。
当時は大変でしたが、「助けを借りる」という選択肢を持てたのは大きかったなと思います。
追記:独立記念日前日のこと
この記事を書いた翌日は独立記念日の祝日でした。
当時は外国人を狙った襲撃予告が出ていたこともあり、街の中心部には警察が多く配置され、周囲もどこか緊張した雰囲気だったのを覚えています。
家の周りの人通りも少なく、普段以上に外出を控える状況でした。
今振り返ると、「数日間ほとんど家から出ない生活」を何度も経験したのは人生であの時期くらいかもしれません。
海外生活では、日本にいる時には想像もしなかったような出来事が次々と起こります。
大変なこともありましたが、それも含めて忘れられない駐在生活の思い出です。


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